dialogue: roots and fruitsと題された本シリーズでは、ArtXが注目する国内外のコレクターをインタビューします。それぞれのコレクターとの対話(dialogue)を通して、作品を集めるに至ったパーソナルな思いや情熱 (roots)、そしてその想いが結実 (fruits)したコレクションという観点から、紐解いていきます。

第二回目となる今回は、株式会社クイーン代表笹川直子さんにお話しを伺わせていただきました。笹川さんは、ヘアケアブランドuruotteを経営する中でアーティストとのコラボレーションを行うなど、コレクターの枠組みを超えて広く活動されています。今回は、アーティスト空山基の世界観が広がるバーNanzuka Takenにて、初めての作品から空山基とのコラボレーション、コレクションへの姿勢についてお話しいただきました。
Q1.
dialogue: roots and fruitsというタイトルですが、その「根」の部分について最初に伺いたいと思います。笹川さんは、幼少期どのような子供でしたか? また、今のコレクションに影響しているような思い出があれば教えてください。
笹川: 静かでぼーっとした子でしたね。読書、絵描き、音楽を聴いたりするのが好きなインドア派で母が美術を学んでいたり、祖父が日曜画家でアトリエで絵を描いていたりと比較的アートは身近にありました。「人と同じ」よりも個性を尊重する考え方を持っていた母親の影響かもしれないのですが、いわゆるポピュラーなものよりもマイナーなものを選びがちでした。当時は、ロックやポップスが全盛期だったのですが、学生時代にJazz研に入っていましたし、バブル絶頂期の女子大生といったらテニスやスキーに出かけていたのですが、私は一人美術館やギャラリー巡りをしていました。
ArtX: そんな中現代アートに出会ったのですね。
笹川: 要は現代アートって今も昔もマイナーカルチャーだから。 そういう意味でも惹かれたのでしょうね。 みんながやってないこと、ニッチでマイナー、そういうものに惹かれるのだろうと思います。マイナーの美学みたいな感じでしょうね。 人が目を向けないものこそ、わからないから面白いことがあるじゃないですか。そうやって、現代アートに興味を持ったのではないかと思います。
Q2.
初めてアートへの情熱を感じたとき、そして初めてコレクションした作品について教えてください。
笹川: どれも思い出は深いんですけれども、クロード・ヴィアラさんというフランス人の作家さんの作品が初めてコレクションした作品でした。20歳の頃に母に連れられていったギャラリーで、ちょうどオープニングが行われていて、その展覧会で出会いました。彼はキャンバスではなく、ベッドカバーとかテントの布とか、そういう生活の布に描く作家さん。 しかも決まった空豆みたいな形を無限に描くんですね。その無限な感じとか、マティスを思わせるような鮮やかな色彩が気に入りました。ギャラリーの方が、畳んでしまっておけますよって教えてくださって、すごい大きい作品だったんですけどね。お支払いはいつでもあるときに、いいですよみたいに言っていただいたので、 思い切ってコレクションさせていただきました。
ArtX: 当時、衝撃だった作品や、アーティストはいますか?
笹川: 一番最初に素敵だなと感じたのはリ・ウファンのFrom Lineシリーズの作品ですね。ミニマルで洗練された東洋的な「間」や「時間」が感じられて好きでしたね。それこそ、私が最初にコレクションしたクロード・ヴィアラの作品もヴィアラらしい明るい作品というよりは、紺色の布にグレーのソラマメが並び余白が白く塗られている作品で、京都の石庭のような美しさを勝手ながら感じたのと、ずっと続いていく「永遠性」のような、ミニマルアートにも近い共通項みたいなものも感じていて、それですごく惹かれたのだと思います。
Q3.
コレクションする際に特に大切にされていることはありますか?もちろん、ご自身が「好き」ということもあるかと思うのですが、 例えばストライクゾーンから出たものを買ってみるのかとか、あとは作家さんの今後を考えてなど、意識されていることがあれば教えてください。
笹川: そもそもテーマを持って始めていないので、途中でテーマを持とうかなと思ったことはあるのですが、やはり、作家も作風が変わったりするじゃないですか。 なので、すごく自分の中では、例えば女性の作家だけ集めるとか、そういうふうに枠を決めるのは難しいなと諦めたんです。だから自分の場合は逆に自由が好きという言い訳で、 その時琴線に触れたもので、一期一会の作品や作家とか、人との出会いみたいなのを大切にしていますね。ただ、私の悪いところはあまりサイズのことを考えずにコレクションして、その後保管とか苦労することですね。 大きい倉庫を持ってないし、そこで苦労しています。
ArtX: それは素敵なことだと思います。良くも悪くも、あまり枠組みとかテーマとかを持たずに、その時の一期一会で自由にということを大切にされているのですね、あまり締め付けずに。
笹川: そうです。自分もそうですし、人も。だから、映像作品とか、バイオアートのようなちょっと困難なものもコレクションしています。初音ミクの心筋細胞が動くバイオアートもあったり、でもそういう人がやってないことが結局好きですね。新しいチャレンジじゃないですか、そういう「なんじゃこりゃ」みたいなものをちょっと買ってみて、どうなるんだろう?と未来を楽しみに持っています。ビジネスもそうですけど、自分が決断して投資したことの結果は自分で責任を取ればいいですから。コレクションだって自分が面白いなって思ったもの、新しいもの、変なものも、ちょっと分からないけど買ってみようっていうチャレンジ精神で買っています。
ArtX: 現代美術の畑が合ってますね。
笹川: そうですね。よく分からないものばっかりですよね。終わりがないので、退屈しないです。でもやっぱり私達が考えていることより先をきっと、作家の人は考えたり感じたりしてるわけだから、分からなくて当たり前だと思います。そこにちょっとでも追いつくってわけじゃないですけど、 数年後とか何十年後に「これってそういうことだったんだ!」と気づいたり、腑に落ちることもあるでしょうし。だから面白いですよね。分からないから面白いですよね。ワクワクする感じですね。だからみんな買ってみよう。未知の世界に飛び出そうじゃないですけど。
Q4.
当時魅力を感じてコレクションした作品は、今のご自身から見ても「いいな」と感じますか?
笹川: 割と、今でもいいと思ってるものが多いです。むしろ昔選んだものの方がいい時もあります。例えばですけど、知識が増えてくると、相場感とかが分かるようになり、情報も増えて、邪念が…。ちょっとお金があって、これもコレクションしようかなみたいな感じで集めたりとか。それってあまり良くなくて、後になって後悔してて、やっぱり自分が見て心からいいなって思ったものはいつまでも「いいな」と思っているので。邪念を捨てて、ちゃんと好きなものを買うのが一番なんだなと最近は落ち着きましたね。あと、展覧会で見て「これいいな」と思ってもすぐには買わないで、何日か待ちます。他の人が買っちゃったら、もうそれはご縁がなかったということで。この間は1年ぶりに、以前いいなと思っていながら見送った作品が旧作として裏に飾られていました。まだあるんですかと聞いたら、その作品だけなぜか売れていなかったようで、「作品が待っててくれたんですね」とギャラリーの方が仰って買うことになりました。その作品がとても心に残っていて、ご縁を感じました。そういうものだけ大切に集めていこうと思ってます。
ArtX: ということは、最初にコレクションした作品からある意味で「軸」が笹川さんの中にあるということですね。
笹川: そうですね、知らないうちに自分の中にあるんでしょうね。それがあまり言語化ができないですが。 個人的には、すごくコンセプチャルで、頭で考えるというよりは、ビジュアルとしての美しさも兼ね備えていて欲しいなと思うので。そういう側面がちゃんと残っている作品が好きです。
Q5.
数多くの作品をみてきたかと思うのですが、作品を見る時に意識していることなどありますか。
笹川: 「見る」ってちょっと難しいですね。深く考え始めると難しいですけど。作品として見て、まずどこか惹かれるものがあるかどうか。それで、 ギャラリストや作家から、さらに説明を聞いたりします。どうしてこの作品を作っているんだろうとか。多少そういう情報は入れます。でも、結局最後は作品自体ですね。私は割と人も興味深くて、その後の作家さんとのお付き合いとかも面白いですし、作品とそれにまつわる人とのコミュニケーションなども楽しんでいます。
ArtX: 感覚的にみる、と論理的にみる側面がありますよね。
笹川:直感的に好き・嫌い、欲しい・欲しくないは判断するんですけれど、予算の兼ね合いなどもあるので、いつも心のなかで葛藤していますね。それに、作家や作品の情報を得たり、リサーチして客観的な情報ともバランスをとって判断したいですし。それを繰り返しながら、自分のなかに「軸」がつくれると良いですよね。「買うのが怖い」という方もいらっしゃいますけど、最初から「作品の価格がどうなるか」みたいな数字に振り回されるのはつまらないです。そんなに怖がらずに、自分と対話しながら、一回踏み出してみたら、めくるめく刺激的な世界が待っていますよ!
ArtX: その両方を育んでいったほうが良いですね。
笹川: そうですよね。それは現代の経営にも通じるところがあるかもしれないですよね。企業経営も数字だけではなく、ミッションやビジョン、バリューが大切という時代になってきました。自分が何が大切で、何を目指しているのか。考えないといけませんよね。さらにこれから、AIが発達して「仕事」の意味が変わるとも言われていて、「遊び」が大切になるとか。長い人生をどうやって楽しく過ごせるか、となると、仕事の中にも遊びの要素を入れていけたら、よりハッピーなのではないかと思うんですけどね。コレクションも人生の楽しみ、遊びでしょうかね。
Q6.
コレクターの枠組みを超えてアーティストとのコラボをされてますが、それについて教えてください。
笹川:ヘアケアのメーカーを経営しているのですが、情報化の時代で商品が機能性の部分では似てきてしまって、最後は価格競争になります。そんな中で差別化するためには、より視覚、嗅覚といった五感、それからストーリー性とか、ヒストリーや世界観、そういったものが重要になってきているんですね。それってアーティストが作品をつくる過程に似てるなと感じます。
ArtX: ちょうど、インタビューさせていただいているこの空間も空山さんの作品の世界観ですが、空山さんともコラボレーションされてましたね。
笹川: 空山さんとは、 彼がDior Hommeでコラボをされる前からギャラリーを通じてご縁があって、たまたま偶然コラボをお許しいただいて、そのときにやっぱり思い浮かんだのが、宇宙。宇宙旅香というコンセプトで、 旅行の「行」が香りの「香」なんですけれど、バスルームに拡がる香りで宇宙旅行のような無重力を疑似体験するというコンセプトで、 商品作りをさせていただきました。宇宙船に見立てた容器を建築家のデザイナーがつくりあげて、パフューマーに「無重力を体験するフレグランス」を開発してもらい、ローンチのときにメディアアートのチームにAR駆使したインスタレーションを展示してもらいました。空山さんの作品にインスピレーションをいただき、クリエイティブチーム全員が全力でつくりあげた世界観は唯一無二で、ブランドがまったく違う次元へ飛躍した感じがありました。
作品っていうのは差別化することが必然じゃないですか。なので、作家と一緒に仕事をすることで、必ず差別化するものを作らざるを得ないというマインドセットになります。それは徹底的に違ってくると思います。 他社もやったらいいのではとも思うんですが、ただやはりそのときにアーティストをリスペクトして、なるべく自由にできるよう、委ねること。これもダメ、あれもダメと発想を規定されると彼らはやる気をなくしてしまいますからね。なので、そこを一緒に楽しめる会社じゃないと、なかなかうまく成立しないのかなとは思います。
Q7.
コレクターとしての枠組みを超えて広く活動されていますが、今後のビジョンがあれば教えてください。
笹川: もともと目標とか、ミッションとかビジョンがあって、 そこに向かってっていうタイプではなくて、なんとなく、好奇心の赴くままに、 成り行きに任せてきています。 なので、コレクションも同じ感じなんです。なので、そのときの関心のあるテーマとか、本当にご縁で出会った作品がコレクションとなって、 今に至っています。振り返ってみたら、それが自分史になってたかな、っていうふうに思います。今もワクワク充実した毎日を過ごさせているっていうのは、アートのおかげなんですよね。だからこれからも、マイペースでできるだけ長く、 このアートとのお付き合いを続けていけたらなと思っています。
週末は大体展示を見に行ってます。ついこの前もタイの作家のタワン・ワトゥヤっていう方の展示最終日に駆け込んだたら、ご本人がいて説明していただきました。水彩の作家なんですけどドローイングの滲みがすごく綺麗で作家ともお話ができたし、いい映画を見た後のようなとっても幸せな気持ちになって帰って来ました。やはり、作品見るのが本当に好きだし、幸せでそういう時間を大切に過ごせたらなと思います。そのために健康にも気を付けて、少しでも長くアートと過ごしていたい、というのが今の気持ちですね。
- 好奇心の赴くままに、成り行きに任せている
テーマや枠組みを決めず、湧き出る好奇心に正直にコレクションを楽しんでいるようだった。「わからないこと」に面白みを見つけ、あらゆることを否定せずに、その未知にワクワクする、長くコレクションしていてもその姿勢は変わらないように見えた。
コレクションと言っても、テーマやコンセプトで枠組みを設けたり、同世代や若手作家を応援したり、それぞれだが、インタビューにあるように「半分遊び、人生の楽しみ」という気概で始めるのもいいのかもしれない。アートについて、どこか気難しく考えるのではなく喜びそして、楽しみとして捉えてみると、思ったよりもシンプルに自分の作品との出会いがあるはずだ。
好奇心は、私たちを駆り立て、新たな出会いをもたらす。
そして、振り返ったらいつの間にか遠くに来ているような、とてもピュアで、大きくて、勢いのある力だ。
目的地を特に定めずに、旅路、寄り道を楽しむこと。
打算や大義名分でなく、「好奇心」で繋がった作品や人、さまざまな縁が連鎖していく、そうやって新たな「寄り道」が生まれる。アートと一緒に描かれる人生はとても豊かなはずだ。何よりも、控えめな印象ながら生き生きと語る様子に一番の説得力があった。
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撮影協力:Nazuka Taken
2025年2月末より上海のNANZUKA ART INSTITUTEにて空山基の個展が開催予定。