2023年3月に、アートバーゼル香港がフルスペックで戻ってきた。
約3年間にわたって、Covid-19の影響を受け続けアートバーゼルだけでなくアートインダストリー全体が大きな影響を受けていた、未曾有の危機と言っても過言ではないだろう。
ただ、今年のアートバーゼルは今までの停滞期間を取り返すような勢いを香港という都市全体で取り戻していた。M +を含めた美術館での展覧会、香港に拠点を持つギャラリーのレセプションパーティなど街全体がアートに彩られていた。コロナ禍において、アートバーゼル含めた多くのアートフェア、ギャラリーでの展示においてオンラインビューイングルームを通してコレクターにアプローチしていたが、今回実際にアートフェアが開催され、作品自体を自身の目で見ることの大きな意味をひしひしと感じた。参加ギャラリーにおいても、彼らにとって決して楽ではない数年間であったはずだが、それぞれのプレゼンテーションは美術館のようなインスタレーションから新進気鋭の作家を紹介するブースまで全てに生き生きとしたライヴ感を感じ取ることができた。
今回は、その中から印象に残った2つのプレゼンテーションを紹介する。

サー・サーパス(Ser Serpas)

サー・サーパスのインスタレーションが今回の香港バーゼルでパリを拠点とするBalice Hertling より出展されていた。官能的でありどこかメランコリックな色合いで描かれたキャンバスを、くり抜いた形で大きくインスタレーションにして展示していた。大胆な構図ももちろんであるが、注目したのは作家のレイヤー深さと、作家の「赤」の使い方だ。作家の使う赤色がどこかメランコリックな背景色にアクセントを加え、官能性が引き出されているようだった。
サー・サーパス(1995年生)は、死と遺産を主なテーマとして絵画・彫刻・ドローイング・詩などさまざまな表現媒体を通して作品を発表している。彼女の作品は、日常の中のものを表現媒体として取り入れ、美術史の文脈を引用し作品に多様なレイヤーをもたらしている。彼女の作品の特徴の一つは、肉感的で力強いストロークで描かれた身体表現だ。油彩で描かれた絵画は、単なる肖像画を超えて、身体の複雑な感触や感情を伝えており、彼女は恋人や友人、自身の写真、そして古い携帯電話の画像など、個人的な要素を取り入れ、それらをファウンド・オブジェクトとして扱っている。
街中で見つけたランダムなものを作品として取り込むシリーズが彼女の最もよく知られたシリーズであるが、近年は、ペインティング作品においてiphoneで撮影した写真などをもとに、大胆な構図のキャンバスなどを用いて制作も行っている。Pinault Collection, Hammer Museum, Rubell Family Collectionなど、著名なコレクションに所蔵されておりこれからの活躍が楽しみな作家である。

ヤン・ヴォー(Dahn Vo)

ベルリンを拠点に活動するアーティスト、ヤン・ヴォーの本作品は、アートバーゼル香港の大規模インスタレーションを展示するセクションEncounterでの展示がされていた。白い大理石の床に、3つの彫刻作品がそれぞれ配置されている。本作品では、Danh Voの詩的な取り組みと既製品を巧みに用いそのコンテクストを引用することで作家の作品の特徴の一つである象徴性を生み出している。
ヤン・ヴォーは、既製品の木彫などを用いることで、個人の、そしてより普遍的な欲望や悲しみを纏うオブジェクトを再解釈する。本作品では、オブジェを元の環境から取り出すことで、選ばれたオブジェクトが置かれる文脈や環境に基づいて意味・象徴が変化することを表現している。また、本作品のミニマルな象徴性の配置によって、私たちの自由主義社会の背後にある権力構造や、国民国家の概念自体の脆さをも暗示している。
ヤン・ヴォー(1975年)はベトナムに生まれ、その後デンマークに移民として暮らし現在はベルリンとメキシコシティを拠点に活動している。Guggenhaim MuseumやPinault Collectionなど世界的なミュージアムでの展示をしており、個人的な感情から政治的な文脈まで、さまざまな既製品やマテリアルを使ってその象徴性から世界を捉える作家だ。
両作家とも、既成品(ファウンドオブジェクト)を用いているが、そこからのナラティブの引き出し方はそれぞれだ。ヤン・ヴォーにおいては、既成品(ファウンドオブジェクト)から政治的な象徴性などを見出し、作品として世界を構築していくが、サー・サパスの作品からは、そのような強い政治的象徴はあまり感じられず、むしろ対照的とも言えるかもしれない。